ちーやん
 中村知(ナカムラサトル)氏(故人)のニックネーム。
 ペンネームは東野通義(トウノツウギ)

 ちーやんは1893年(明治26年)松山市に生まれ、広島高等師範学校付属中学校在学中、イギリスに起こったボーイスカウト運動について北条時敬校長の視察談を開き感動し、生徒30人と「城東団」を結成し班長となる。
 京都帝国大学史学科を卒業し大阪府立高津中学校(現高津高等学校)歴史科教諭になる。 クラブ活動の一貫として「スカウト部」を創設し、1924年から1930年までその隊長を務める。 この頃の教え子には村田正雄総コミッショナー(故人)がいる。

 1929年第3回世界ジャンボリー日本派遣団員に選ばれ、イギリスヘ行き、念願のギルウェル実修所を修了する。
 昭和14年、少年団日本連盟の教務部長になり指導者養成を担当する。
 戦後は、ボーイスカウト再建のために同志と運動する。
 昭和25年、日本連盟那須野営場開設により野営場長となる。
 昭和33年、日本連盟事務局奉仕部長を経て昭和39年日本連盟嘱託になる。 その間、ボーイスカウト日本連盟、はと章、やたがらす章、動五等瑞宝章を授ける。

 主な翻訳刊行書は、「スカウティング・フォア・ボーイズ」、「パトロールシステムと班長への手紙」、「ウルフカブス・ハンドブック」、「ローバーリング・ツウ・サクセス」がある。

 また、作詞・作曲した主な歌には「永遠のスカウト」、「山鳩」、「年長隊富士野営の歌」、「十種野営料理の歌」、「青き新しきスカウト」、「月下の営火」、「火を絶やすな」、「別れの営火」などがある。著書の中でも「ちーやん夜話集」、「ちーやん歌集」は有名である。