そなえよつねに  〈Be Prepared〉
 ボーイスカウト以上のスカウトと指導者のモットー(標語)。

 スカウトは何事に対してもいつでも必ずやり通すという準備を常にしておく、という意味である。
 スカウトはいつも心にも体にも、技にもすきのないよう、どんなことにでも応じることができる心構えをもって「さあこい、準備はできている」ということを意味する。

 そのため、スカウト技能はどんなことでも役立つよう、準備のために日頃から訓練をしておくのである。そしてまた、将来社会に出ても、よい公民としての準備が整った人物になるために、スカウト教育を身につけるという意味をもつ。

 Be Prepared の頭文字B,PはベーデンパウエルのB-Pにもつながる。

【参考】
 標語「そなえよつねに」は、往々、非常時に備える心構えだというふうに解かれた。
 鎌倉時代の武士が「いざ鎌倉に事起りなば、錆たりともこの槍をひっさげ、やせたりともこの馬に乗って馳せ参じ・・・」という心意気(佐野源左衛門常世を主人公とした謡曲「鉢の木」にある)を、合言葉とした「いざ鎌倉」という、あの亜流に解されたものであった。

 すなわち「さあこい」、「準備ずみだぞ」という説明を、私自身もスカウトにした記憶がある。 私はそういう解釈だけを、まちがいだとは考えない。 けれども非常時のためだけにスカウティングがある、とは考えない。

 平和の斥候であるスカウトにとって、むしろ、平時における「そなえよつねに」のほうが大事だろう。 それについても、いろいろのケースがある。
 火災だの風水害だの交通事故だの、震災だのという災害、ナダレ、土砂崩れ、生き埋め、急病というように天災と人災がある。

 また、日日の善行をするチャンスは、いつでも、どこにでもあるが。そういう機会を見逃すようでは観察力が備わっていないといえる。
 「常に観察」というように解される。 せっかく、その場に到着しても人口呼吸という技能に習熟していなかったら溺者は救えない。
 それは技能が備わっていない。「技能をつねに」とも解される。
   スカウティング誌「明確なる信仰を持つことを奨励する方法の研究」(中村知)より引用

※ 「そなえよつねに」の標語は初めは、「準備あれ」とか「備えあれ」という英語調であったが、後、フランス語調の「備えよ常に」のほうが力強いので、このように代わったのである。   (元日本連盟総コミッショナーの二荒芳徳による)