職域スカウト
 勤労青少年のスカウト。

 1955年(昭和31年)7月29日、関西で初めての職域スカウトが姫路市の日本砂鉄鋼業教習所に生まれた。
 隊名は姫路第1年長隊(後に姫路第1団年長隊)で、戦後わが国では2番目の職域スカウト隊であった。(わが国最初の職域スカウト隊は神奈川県日本鋼管川崎製鉄所の川崎第6隊)
 その後、加西市の三洋電機、明石市の大和製衡工場に組織された。

 企業体の中にボーイスカウト活動を導入し、勤労青少年を構成員としてボーイスカウトを育成しようという試みは、古くは戦前に白木屋、大丸の百貨店や、東京市役所(当時)、古河電工日光精銅所にも見られたが、職域スカウト活動が全国的に普及したのは第2次大戦後であり、前述の日本鋼管川崎製鉄所が最初であった。

 川崎製鉄所では昭和26年に15〜16歳の養成工の生活指導のため、希望者を募って年長隊(シニアースカウト隊)6個隊を結成した。
 これが全国的に大きな剌激を与え、関東地方で発展する原動力になった。
 次いで姫路市の日本砂鉄鋼業で年長隊が誕生した。このことが、その後兵庫県、岡山県に職域スカウト活動を推進する母体になった。

 その後、静岡鉄道、東急、大阪変圧器、三豊製作所、日産自動車、豊田自動織機、石川島播磨重工、三井造船、キャノン、東洋工業、三洋電機、大和製衡等の企業がこの活動に参加した。

 各企業が職域スカウト活動を導入した目的は「勤労青少年の生活指導と人格形成」「勤労青少年の協調性と指導力の養成」「勤労青少年の向上心刺激」「勤労青少年に対するレクリエーション効果」にあった。