| 世界ジャンボリー 〈World Jamboree〉 |
| ボーイスカウトのキャンプ大会で、国際的・世界的規模で開かれるものをいう。 1917年にスカウティング発足10周年を記念して、何等かの形で祝典を行おうという希望があったが、大戦が長びいて実現できなかった。やむを得ず1920年まで延期された。 1959年、第10回大会以降は、4年毎に開催されている。 まず問題は適当な名前を付けることであった。 ベーデンパウエルは記憶にこびりついていた「ジャンボリー」という名称を提案した。 ベーデンパウエルは世界中のスカウトが集まることを望んだが、この時代はまだ国際友情というスカウティングの理想はあまり受け入れられていなかった。 しかし、ベーデンパウエルはスカウティングには国際親善に尽くす十分な力があると信じて、あえて世界的な大会とした。 |
| 回数 | 開催年 | 開 催 場 所 | 参加人員 | 参加国 | 日本代表 |
| 第1回 | 1920年 | イギリス・ロンドン・オリンビア | 8,000人 | 12 | 3人 |
| 第2回 | 1924年 | デンマーク・コベンハーゲン・エルメルンデン | 5,000人 | 32 | 32人 |
| 第3回 | 1929年 | イギリス・バークンヘッド・アローパーク | 50,000人 | 69 | 28人 |
| 第4回 | 1933年 | ハンガリー・ゲデロ | 25,792人 | 33 | 10人 |
| 第5回 | 1937年 | オランダ・ブローメンタール・フォーゲレンザング | 27,000人 | 54 | 11人 |
| 第6回 | 1947年 | フランス・モアソン | 24,152人 | 71 | - |
| 第7回 | 1951年 | オーストリア・バドイツシェル | 12,884人 | 61 | 2人 |
| 第8回 | 1955年 | カナダ・オンタリオ州 ナイアガラ・オン・ザ・レイク | 11,139人 | 71 | 14人 |
| 第9回 | 1957年 | イギリス・バーミンガム・サトンパーク | 31,426人 | 82 | 22人 |
| 第10回 | 1959年 | フイリビン・マッキリン山 | 13,000人 | 45 | 520人 |
| 第11回 | 1963年 | ギリシア・マラソン | 11,398人 | 89 | 138人 |
| 第12回 | 1967年 | アメリカ・アイダホ州・フアラガット州立公園 | 12,011人 | 105 | 320人 |
| 第13回 | 1971年 | 日本・朝霧高原 | 23,758人 | 87 | 7,783人 |
| 第14回 | 1975年 | ノルウェー・リリハマー・リューサ湖 | 15,292人 | 94 | 141人 |
| ※ | 1979年 | 開催地は世界中(イランで開催の予定であった) | - | - | - |
| 第15回 | 1983年 | カナダ・アルバータ州・カナナスキス | 16,000人 | 106 | 42人 |
| 第16回 | 1987年 | オーストラリア・カタカルト・スカウトパーク | 14,600人 | 98 | 548人 |
| 第17回 | 1991年 | 大韓民国・雪岳山国立公園 | 19,083人 | 135 | 2,675人 |
| 第18回 | 1995年 | オランダ フレボーランド州 トロンテン | 29,060人 | 166 | 1,236人 |
| 第19回 | 1999年 | チリ・ ビカルキン国立公園 | 31,534人 | 158 | 227人 |
| 第20回 | 2003年 | タイ王国 チョンブリ県 サッタヒープ | 24,000人 | 147 | 1,261人 |
| 第21回 | 2007年 | イギリス・エセックス | 4万人 | 155 | 1,528人 |
| 第22回 | 2011年 | スウェーデン | 人 |