| ギルウェルパーク 〈Gilwell Park〉 |
| 1919年、当時のスコットランドの地区コミッショナー、W.F.マクラーレンが指導者訓練の場として寄贈した108エーカー(約9万坪)の土地。 イギリスのロンドン東部、エッピングの森の端、チンフォドにある。 この付近一帯は、その昔、1540年頃のエドワード6世の時代には貴族の狩場であった。なだらかな草原の起伏に川や森という、すばらしい環境のこの土地がボーイスカウトイギリス連盟のものになったのは1919年(大正8年)のことである。 1919年9月には、ウッドバッジコースと呼ばれる指導者のための第1回実修所が開設され、イギリス各地から19名の実習生が人所した。こうして今では世界のスカウト、指導者から憧れのメッカ、なつかしの古巣と慕われるようになった。 ベーデンパウエルは、このマクラーレンの好意に感謝するため、ギルウェルスカーフを作り、その表にマクラーレン家のキルトの紋様をつけ、末水く感謝することにした。 ギルウェルパークの主な施設は、本館のギルウェルホール(白いペンキ塗の2階建て。別名ギルウェルのホワイトハウスとも呼ばれる)納屋(ギルウェルて初めて建てられた2階建ての古い建物。正面屋根の下に、佐野常羽が寄贈した日本製の丸い時計がある)、雨アフリカハウス(南アフリカのスカウトから寄贈されたもの。売店、暗室、スタッフの控え室)、アマチュア無線局(G3WGP,GB3GPのコールサインで、ギルウェルから全世界のスカウトハムとの交信が行われる)、バックホリデーセンター(ロンドンのカブ隊の指導者から寄贈されたもの)、B-Pスカウトギルドナショナルセンター(宿泊施設として使用)、コルクフォン国際センター(講義室、スタッフルーム、国際会議もできる)、協会、ギドニー小屋(ギルウェルの初代所長のフランシス・ギドニーを記念して建てられた)、バッファロー像の芝生(無名のスカウトの善行に感謝してアメリカ連盟から寄贈されたバッファロー像がある)、爆弾の池(第2次世界大戦の時、トイツから打ち込まれた爆弾のあとに水が貯ってできた)、マオリの門(ニュージーランドのスカウトから寄贈されたもの)、屋外プール、ビックマック時計台(ギルウェルの管理人であったマックさんが寄付したもの)、スカウタークラブ(指導者達の談話室や休憩室)、病院、トレーニンググラウンド(ウッドバッジコースのための広場)、ボーイ・べンチャー広場(4000〜5000名がキャンプできそうな広い草原。 ここは世界の標準時、グリニッチの子午線が通っている)、カブ広場(2000〜3000人も人れるような草原)、メーリンソントレーニンググラウンド(班長訓練やボーイ・ベンチャーの隊キャンプに使われている)、ウイルソン小道(元ギルウェルの所長のJ.Sウイルソンを記念した小道)などがある。 |