| 不二健児蕃社 |
| 1927年(昭和2年)、実修所修了者の組織を教団と称し、不二健児蕃社と呼んで指導者実修所に付属させ、実修所修了者は蕃員と呼ばれた。 道府県には蕃社を組織し、蕃長を置いた。 この蕃社立団の精神は「団員相互の協力提携と不断の実行錬磨に依りて指導経営に関する研究進歩を図る」ためのものであった。 つまり、指導者実修所そのものは短期間の開設であるため、この期間だけでは実際に得るものは少ない。したがって、修了者は実地に精進する過程で指導者としての修行と実績を積まねばならない。指導系統を一貫し、連絡提携、協働切磋して実修の意義を貫徹させるという見地から、実修所修了者をもって組織したものであった。 佐野常羽氏は原始時代の人類の生活をスカウト教育に当てはめることを考えていたので、台湾の生蕃にヒントをおいて、蕃会を始めようと提案したものが全国的に組織を持つことになった。 不二健児蕃社が丸ビルの8階の一室に事務所を持っていたので、ここを通林「第八天国」と称してみんながここで勉強をした。 |