ウルフ・カブ  〈Wolf Cub〉
 ベーデンパウエルが、ボーイスカウト年齢以下の少年達のために作った部門の名称。(現在の日本のカブスカウトに当たる)ボーイスカウト運動が始まった後、ボーイスカウト年齢以下の少年が、スカウト隊のマスコットとして入隊している事実を見て、ベーデンパウエルはこの年齢の少年達のためのプログラムを考えなければならないと思い、文豪ラジャード・キップリングの「ジャングルブック」を基盤として1916年に「ウルフカブス・ハンド
ブック(Wolf Cubs Handbook )」を執筆した。
 ベーデンパウエルは、このボーイスカウト年齢未満のプログラムの名称を考えるに当たって、ジュニアスカウト、ウルフ・カブ、カブ、コルツ(Colts 子馬)、ヤングスカウト、トラッバーズ(Trappers:わなをかける人)などを考えていたが、ある人はビーバーズ(Beavers) 、ニッパーズ(Nippers:少年)はどうかといった。
 日本では1924年(大正13年)6月、古田誠一郎氏により神戸市の須磨に最初のウルフ・カブ隊が誕生した。
 日本のカビングはウルフ・カブをもつて出発し、
  第1期 ウルフ・カブ時代
  第2期 年少部時代
  第3期 カブスカウト時代へと推移していった。
 日本では初期の頃「少年団」という名称のため、小学生が少年団としての傾向が強くなり、ウルフ・カブは幼稚園といったように食い違いがみられた。少年団員(ボーイスカウト)は中学生、ウルフ・カブは小学生だと是正するために指導者実習所幼年部課程を開設する運びとなった。
 ウルフ(おおかみ)は日本には生存せず、悪の象徴のように思われているため、「おおかみ」に代わる試案が考えられた。
 「天狗」が「牛若丸」を訓育するとし、ジャングルブックのストーリーを日本的に置き代える案(1927年(昭和2年)佐野常羽)。
 「燕少年」、つばめは日本の少年にも馴染み深く、親子兄弟の仲もよい。カブの二指の敬礼からもつばめがよい。(菅原伝氏)
 「狼」をやめ、「シャングルブック」をあきらめ、「年少部」は新しいストーリーとして「山の勇者」をつくり、シャングルブックの日本的改作、いろいろな動物が登場し「阿佐彦」をモーグリに相当させる。「山の勇者」の合作者は三島通陽、春日嘉藤治、吉野順一、菅原伝、戸田和夫であった。「山の勇者」も実際に採用されたのは昭和14〜15年であった。
 戦後の昭和26年、日本のカビングはアメリカのカブスカウトに準拠することになった。
 組織や運営はアメリカ方式をとっているが、ストーリーとして「金太郎」を中心とした「足柄山物語」を創作した。