ウッドバッジ  〈The Wood Badge〉
 ウッドバッジ実修所修了者に与えられる皮ヒモについた2個のビーズ。
 1888年、ベーデンパウエルはズール戦争の時に、セザの酋長ディニズールの小屋の中から1000個以上のビーズからなる3.6メートルもの木の首飾りを戦利品として持ち帰った。このビーズをマフェキングの包囲戦の時、アフリカの老土人からもらった幸運の皮ヒモに結び付けてウッドバッジを作り、これをウッドバッジコースの完修者に与えたのが始まりである。
 これは最初、ベーデンパウエルがギルウェルパークでの実修所の認定に、理論課程(事前課題)と実修課程(実地教程・・7泊8日の野営)の合格者に対してビーズを1個授与し、ボタン穴に着用した。

 実績課程(事後課題)を含めた3課程の全てに合格したものにはさらにビーズ1個と修了書を授与し、このビーズは帽子の紐に着用することになっていた。当初のウッドバッジはディニズールの原物のビーズであったが、またたく間に余分がなくなり、複製することが必要になった。一説によれば、この複製のウッドバッジはギルウェルパークに多く生えている一本の樫の木から作られているとのことである。ウッドバッジが前述のように帽子の紐に着用されたのはごく一時期であり、その後は皮紐に通して首から下げるようになった。

 この皮紐については、マフェキング包囲戦があと数週間で終わるというある早朝ベーデンパウエルが戦線を見回って帰ってきたとき、この日に限って元気がなかった。年老いた土人が彼の側へ来て、「どうしていつものように口笛を吹かないのですか。」と尋ねた。ベーデンパウエルは「少し心配事があるのだよ。」と答えた。年老いた土人はさっそく自分の首にかけていた皮紐を外してベーデンパウエルに渡し「これをおつけ下さい。私の母がくれたお守りです。きっといいことがありますよ。」これがウッドバッジの皮紐の由来である。

 この幸運の皮紐にビーズをつけたものがウッドバッジである。日本でもウッドバッジ実修所の修了者に授与されるが、ウッドバッジは栄誉をたたえるものではないし、業績に感謝の意を表すものでもない。また、何かの資格を表すものでもない。これは隊指導者としてある段階の訓練を修了したという世界的に認められた共通のしるしである。ウッドバッジをつけていることは、スカウト運動の成人指導者として十分な奉仕を提供する用意があり、また現在も奉仕しつつあり、さらに奉仕をより有効にするために自己研修を怠らないよう努めていることを外に向かって表明しているのである。

 ギルウェルパークにおいて、実修所のカブコースが開設されたとき、ウッドバッジビーズの代わりに狼の牙や爪が用いられたこともある。アケーラバッジと呼ばれた。1個は完修者用で、2個はアケーラ・リーダー(カブコース実修所の所長)であったが数年でウッドバッジビーズに切りかえられた。アケーラ・バッジは1922年から1927年までの間採用された。