| アンノーンスカウト 〈Unknown Scout〉 ★★ |
| 1909年、霧にとざされた冬の夕ぐれ、ロンドン郊外の駅に、一人の紳士が、地図と旅行カバンを持って、汽車から降りた。紳士は行く先がわからなくて困っていた。キビキビした少年が現れたので、紳士は道をたずねた。少年は「私が案内しましょう」とカバンを持ち先に歩いた。目的地に着いたので、紳士は、銀貨を出しチップとして少年に与えようとした。少年は「私はボーイスカウトです。お礼はいただきません。私に一日一善をさせて下さってありがとう」とニッコリしてヤミの中に消えた。 どこの国の少年も、こんな時は喜んでチップをもらうのに、それを断り、逆に礼をいって立ち去るとは・・・紳士は驚いた。ボーイスカウトだから、といったが、それは何であろう。友人に聞くと、パウエル卿が、昨年はじめてつくった少年運動だと答えた。 紳士は米国人のボイスという有名な出版業者だった。ボーイスカウトについての書物を全部買って、米国に帰り友人と話し合い、スカウト運動がアメリカに発足したのは、1910年2月8日のことであった。 15年後には、全米にこの運動がひろまり、その数は百万人を越した。米国スカウトは、その功労者を表彰することになって、いろいろ考えてみると、第一は、ボイスを案内した英国少年だということになり、英国スカウト本部に頼んだり、人を派遣したりして捜してもわからない。名乗ってほしいといっても出ない。それで米国側では、協議のすえ、米国スカウト功労賞のバファロー(野牛)の形と同じ型の銅像を作り「日々の善行を努めんとする一少年の忠実が、北米合衆国にボーイスカウト運動を起こさせた。アンノン(名の知れざる)少年のために」と書いて、贈ることになった。 1926年6月4日、ギルウェルの森(これはボーイスカウトのメッカであり、指導者訓練の総本山の道場ともいうべきところ)で厳粛に、贈呈式が行われた。その銅像はいまでもギルウェルにある。同時に、シルバー・バッファローという功労賞をつくり、その第1号をベーデンパウエルに贈り、第2号をこの無名スカウトに贈った。 |