日本へはどのように伝わってきたのでしょうか。

 スカウティング・フォア・ボーイズ(SCOUTING FOR BOYS)が発行された翌年の1908年(明治41年)ロンドンで開かれた世界道徳会議に日本代表として出席した広島高等師範学校の北条時敬校長はスカウト教育

について、文部大臣より調査を命ぜられて渡欧しました。
 

 帰国した北条時敬校長が自分の付属中学校の校外活動にスカウト教育の手法を取り入れたのが、日本におけるスカウト運動の最初といわれています。
 

ブラウンシー島キャンプから15年で日本連盟を創設

 1912年(明治45年)4月にベーデン・パウエルが世界一周の途中に日本を訪れたことで、日本の各地に「少年団」という名前のボーイスカウト組織が発足し、1916年(大正5年)には滋賀県琵琶湖畔の雄松岬で日本最初の「スカウトキャンプ」が行われました。

 1922年(大正11年)4月13日には第一回全国少年団大会が静岡市立城内小学校(当時は城内尋常高等小学校)で開催され、全国20道府県から集まった少年団指導者の代表123人が参加して、ボーイスカウト日本連盟の前進である「少年団日本連盟」が生まれ、ボーイスカウト国際連盟に加盟登録をして世界中のボーイスカウトの仲間入りをしました。

静岡市立城内小学校にある「スカウトの像」
昭和47年に、日本でのスカウト運動50年を
記念して「連盟誕生の地」に建てられました。

 その後、第二次世界大戦で中断された時期はありますが、少年団日本連盟は、1948年(昭和23年)、ボーイスカウト日本連盟に改め、1997年に創立75周年記念事業を行い、まもなく創立100周年の節目を迎えます。

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