| 「百万一心」の由来 (ボーイスカウト山口県連盟広報誌のタイトル) | ||
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戦国の武将、毛利元就が郡山城(広島県吉田町)を拡張して全山を城郭とした際に姫丸壇の基礎工事が難工事となり、時の普請奉行が人柱をたてることに意を決していた。 |
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その意味は、百の字は一画を省き「一日」とし、万の字は故意に略字(今様に表現すれば誤字)を用いて「一力」と表現した。これを分解して読めば「一日一力一心」とも読める。即ち「一」の字は同じの意味であるから、日を同じくし、力を同じくし、心を同じくして全員一致協力して事にあたれば何事でも成し遂げられる。人柱を建て、民を失う必要はないと、この石をもって協力の大切さを教えられたものである。 |
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一方これを「百万一心」と読んだ場合には、百万の(民の)心を同じく(一つに)して一致協力して事にあたれば何事でも成し遂げられると解釈できる。このように、一般には「百万一心の碑」と言われているが、元就が一つの石碑の文字に、二つの意味を同時に込めたものとも伝えられている。 これらから、石一個をも無駄にしないという、元就の人生観が伝わってくるとは思いませんか。 |
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ボーイスカウト山口県連盟広報誌のタイトルで使用している「百万一心」の文字は、毛利家第32代元道氏(号:南堂)の筆によるもので、創刊号(平成元年1月22日)発行に際し、元道氏書色紙より頂いたものである。 |
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左の書が毛利家第32代元道氏書色紙より頂いて、ボーイスカウト山口県連盟広報誌で使用しているもの。 右の写真の碑は、実際に郡山城から発掘されたものを復元したもの。広島県吉田町郡山城跡内にある。 |
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| 2002.06.16 発行 | 「百万一心・第31号」へ・・PDF版 812KB | |
| 2002.03.10 発行 | 「百万一心・第30号」へ・・PDF版 595KB | |
| 2001.10.30 発行 | 「百万一心・第29号」へ・・PDF版 717KB | |
| 2001.06.17 発行 | 「百万一心・第28号」へ・・PDF版 535KB | |
| 2001.02.20 発行 | 「百万一心・第27号」へ・・PDF版 460KB | |
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